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43章 大脳基底核

Chapter 43: The Basal Ganglia
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1.イントロ

基底核(Basal Ganglia)は4つの核からなり、通常の随意運動において主要な役割を果たす。しかし、たいていの運動系の他の部分と異なり、脊髄と直接の出力・入力を持たない。これらの核は主に大脳皮質から入力を受け取り、出力を脳幹に送ったり、視床経由で前頭前野、前運動野、運動野に返す。基底核の運動機能は、このように広い範囲で前頭皮質の運動領域によって仲介されている。

臨床的な観察が最初に提案したことは、基底核は運動の制御と運動障害の生成にかかわっているというものだった。パーキンソン患者、ハンチントン患者、片側バリズム(hemiballismus : バリスム:舞踏様運動の一種であるが、運動はもっと急速で、粗大で、持続的であり、体幹に近い部分に強く起こり、上下肢を投げ出すような、激しい運動である。多くは一側性で、片側バリズムという。病巣は反対側の視床下核(ルイ体)にある)の死後検査で、皮質下核の病理学的変化が明らかとなった。これらの病気には、運動の妨害の仕方に三つの特徴的な型がある。(1)振戦(ふるえ)と他の不随意運動、(2)姿勢と筋張力の変化、(3)麻痺以外の運動の多寡あるいは緩慢。このように基底核の障害は運動の減少(パーキンソン病)か、過度の運動(ハンチントン病)を引き起こす。これらの運動の障害に加えて、基底核の損傷は複雑な神経精神医学的認知妨害と行動妨害とに結びついており、これらの核が前頭葉の多彩な機能にとって、広い役割をしていることを反映している。

主に基底核に関連した顕著な運動異常故に、基底核は運動系の主要な要素だと信じられ、錐体(皮質脊髄)運動系とは独立な錘外運動系とされた。こうして、二つの異なる運動症候群は区別され、錐体経路症候群は痙直と麻痺に特徴付けられ、錘外症候群は不随意運動、筋肉の硬直、麻痺のない運動不能に特徴付けられた。

この単純な分類がもはや満足のいくものでないのにはいくつかの理由がある。ひとつめは、基底核と皮質脊髄系に加えて、脳の他の部分が随意運動に参加していることをいまや知っていること。何のことかというと、脳幹にある運動核、赤核、小脳の障害もまた運動の妨害を引き起こすということ。ふたつめは、錘外系、錐体系は真に独立ではなく、広い範囲でつながっており、協調して運動の制御を行っていること。事実、基底核の運動活動は、補足運動野、前運動野、運動野にまたがる広い部分で錐体系を経由して仲介されている。

基底核の障害はよく起こるので、臨床神経学的につねに重要である。パーキンソン病は、分子病であると同定された最初の神経系の疾患で、伝達物質の代謝に特定の欠陥がおこることによる。従って、運動制御に関する重要な情報を提供するのに加えて、病気の基底核を研究することは、60章、61章で詳細に考える感情、認知、非運動性行動と伝達物質の関係を調べる枠組みを与えた。解剖学的、分子的、神経画像的な様々な技術や基底核障害の動物を利用することで、基底核の機能と機構の理解は大きく進んだ。これらの洞察は、今度は基底核の障害を治療するための新たな薬理学的、神経外科的手法をうみだした。

基底核は4つの核からなる

基底核は、いくつかの互いにつながった皮質下の核からできていて、それらは主に大脳皮質、視床、脳幹のある核に投射している。主な入力は大脳皮質、視床から受け取っていて、それらの出力を(視床経由で)大脳皮質に返すか、脳幹に返している。(Fig.43-1)このように、基底核は皮質と視床をつなぐ大きな皮質ー皮質下の回帰(reentrant)回路の主要な構成要素である。

Fig.43-1 運動系の主要な要素との基底核の関係
基底核と小脳は二つの平行な回帰系において鍵となる要素としてみられている。それは大脳皮質から入力をうけ、腹外側視床の離れた別々の部分を通って大脳皮質に影響を返す。その二つは脳幹、極端な例では脊髄機構にも影響を与える。

基底核の4つの主要な核は(1)線条体(striatum)、(2)淡蒼球(globus pallidus or pallidum)、(3)黒質(substantia nigra)(網様部:pars reticulata と緻密部:pars compactaからなる)、(4)視床下核(subthalamic nucleus)、である。(Fig.43-2)線条体は3つの重要な小部分からなる。尾状核(caudate nucleus)、被殻(putamen)、腹側線条体(ventral striatum)(側坐核:nucleus accumbensを含む)、である。その前頭極のほとんどを除いて、線条体は尾状核と被殻に内包(internal capsule)によって分割される。これは新皮質と視床を両方向につなぐ繊維の集まりである。線条体の3つすべての小部分は発生学的に共通の起源を持つ。

Fig.43-2 この冠状切断面は基底核とそれを囲む構造との関係を示す。(Nieuwenhuys et al. 1981より)

線条体は大脳皮質、視床、脳幹から基底核への入力の主要な受取手である。そのニューロンは、淡蒼球と黒質に投射する。この二つの核は細胞体が形態学的に同じなのであるが、これらは基底核からの出力を引き受けている。淡蒼球は被殻の中部、ちょうど内包の外側に横たわり、外節(external segment)と内節(internal segment)に分けられる。淡蒼球内節(internal pallidal segment)は機能的に黒質網様部と関係しており、網様部は中脳の内包の中部にある。淡蒼球内節と黒質網様部はγーアミノ酪酸(γ-aminobutyric acid:GABA)を神経伝達物質として使用する。尾状核が内包によって被殻と分けられているのとちょうど同じように、淡蒼球内節も黒質から隔てられている。

黒質はその網様体部分に加えて、緻密部も持っている。この領域は網様部の背側に位置する異なる核であるが、そのニューロンのいくつかは網様部に位置する。緻密部の細胞はドーパミン作動性であり、ニューロメラニンというドーパミンを酸化し重合することでできる暗い色素も含んでいる。ニューロメラニンは、加齢と共にドーパミン作動性ニューロンの細胞体の中にある大きなリソソーム顆粒に蓄積するのだが、この構造の暗い変色はこのせいである。ドーパミン作動性ニューロンは腹側被蓋野、緻密部の中部の拡張部位にも見られる。

視床下核は淡蒼球と黒質の両部位に解剖学的に接近してつながっている。それは視床のすぐ下にあり、黒質の先方部の上にある。この核のグルタミン作動性細胞は基底核の唯一の興奮性投射である。

線条体、それは基底核への入力核であり、その解剖学的構造と機能は不均一である皮質の全ての領域は興奮性のグルタミン作動性投射を線条体の特定の部位に送っている。線条体はさらに視床の髄板内核(intralaminar nuclei)から興奮性の入力を、中脳からドーパミン作動性の投射を、縫線核(raphe nuclei)からセロトニン作動性の投射をうけている。

線条体はお決まりの染色法では均一にみえるが、解剖学的・機能的にはかなり不均一である。線条体は二つのわかれた部分からできていて、matrixとstriosomeという構造からなる(後者はpatchesとも言う)。これらの構造は組織化学的にはお互い異なっており、異なる受容体を持っている。striosomeは辺縁皮質から主要な入力を受けており、主に黒質緻密部に投射している。

線条体はいくつかの異なった種類の細胞を有していて、90%~95%がGABA作動性中棘状(medium-spiny)投射ニューロンである。この細胞は皮質からの入力の主な標的であり、単一の出力源である。運動しているときか末梢の刺激に反応しているとき以外は広く沈黙している。霊長類においては、線条体の中棘状ニューロンは二種類の小集団にわけられる。淡蒼球外節に投射するものは神経ペプチド・エンケファリン(enkephalin)とニューロテンシン(neurotensin)を発現する。また、淡蒼球内節あるいは黒質網様部に投射するものはサブスタンスP(substance P)とディノルフィン(dynorphin)を発現する。

線条体は二種類の局所的抑制性介在ニューロンも含んでいる。大きなコリン作動性ニューロンとそれより小さくてsomatostatinか、neuropeptide Y、一酸化窒素合成酵素を持っているものである。どちらの種類の抑制性介在ニューロンも拡張的軸索側枝をもっており、線条体の出力ニューロンの活動を抑えている。数は少ないものの、線条体の持続的な活動のほとんどを担っている。

直接経路と間接経路を経由した出力核への線条体からの投射

基底核の二つの出力核である、淡蒼球内節と黒質網様部は視床と脳幹の標的核を持続的(tonically)に抑制している。この抑制性出力は二つの平行な経路によって調節されていると考えられている。その経路は線条体から二つの出力核へ伸びていて、一つは直接的で、もう一つは間接的である。間接的な経路は、淡蒼球外節へ伸び、そこから視床下核へ純粋なGABA作動性経路で伸び、最後にそこから出力核へ興奮性のグルタミン作動性投射で伸びている。(Fig. 43-3)視床下核からの投射は基底核に内在する唯一の興奮性接続である。他の全てはGABA作動性と抑制性である。

Fig.43-3 基底核ー視床皮質回路の解剖学的接続、線条体から基底核出力核への平行な直接
経路と間接経路を示している二種類のドーパミン受容体(D1とD2)は出力ニューロンの重なり合わない部分に位置していて、線条体においてそこから直接経路と間接経路が起こる。抑制性経路は灰色で、興奮成型路はピンクで描かれている。

二つの出力核におけるニューロンは高頻度で持続的(tonically)に発火する。突発的(phasic)な興奮性入力は線条体から淡蒼球への直接経路を一時的(transiently)に活性化し、持続的(tonically)に活発な淡蒼球のニューロンは短時間(briefly)抑制される。こうして視床と、究極的には皮質が活発化するのを可能にしている。対照的に、間接経路の突発的な活動は一時的に視床の抑制を増大させ、線条体と淡蒼球外節、淡蒼球外節と視床下核、視床下核と淡蒼球内節のそれぞれの間の結合の極性を考慮されることで決定することが可能である。(Fig.43-3)

このように、基底核と視床の回路において、直接経路は正のフィードバックを提供でき、間接経路は負のフィードバックを提供できる。これらの遠心性の経路は基底核に対してさらにはこれらの核の視床における標的に対して反対の効果をもつ。直接経路の活性化が視床を脱抑制(disinhibition)し、これにより視床皮質活動が増加する。反対に間接経路の活性化はさらに視床皮質ニューロンを抑制する。結果として、直接経路の活性化は運動を促進し、他方間接経路の活性化は運動を抑制する。

二つの線条体出力経路は、黒質緻密部から線条体へのドーパミン作動性投射によって別々に影響を受ける。線条体ニューロンで二つの核に直接投射しているものは、伝達を促進するD1ドーパミン受容体を持っている。一方、間接経路で投射するものは伝達を減退させるD2受容体をもっている。

それらのシナプス活動は異なっているものの、二つの経路へのドーパミン作動性入力は同じ効果を起こす。視床皮質ニューロンの抑制を減少させ、従って皮質において開始される運動を促進する。ここまでくれば、パーキンソン病で起こるように線条体のドーパミンの欠乏がどのように運動に障害をもたらすかがわかるだろう。線条体のドーパミン作動性の活動ないと出力核の活動は増加する。この増加した活動は視床皮質ニューロンの活動をさらに抑制することになり、そうでなければそのニューロンは運動の開始を促進するのにそうできなくなってしまうのである。ドーパミン作動性のシナプスは淡蒼球や視床下核、黒質でも見つかっている。これらの場所と皮質でのドーパミン作動性の活動は線条体からの直接経路と間接経路の活動をさらに調節することができる。

基底核は、視床と大脳皮質をつなぐ平行な回路の一群の主要な皮質か要素である

基底核は歴史的に随意運動においてのみ機能すると思われていた。ある時期には、基底核は全ての出力を視床を経由して運動野に送っているから、じょうご(funnel,集めるもの)のように別の運動野がそれを通して運動を開始させて働くと信じられていた。しかし、今では大脳皮質との相互作用を通して基底核は随意運動以外の骨格運動、眼球運動、認知機能、情動機能さえも含む多様な行動に寄与しているという考えが広く受け入れられている。

いくつかの観察に機能の多様性が見られる。第一に、基底核のある実験的損傷と病気に関係した損傷は有害な情動的・認知的影響を生む。これが最初に認識されたのはハンチントン病の患者である。パーキンソン病の患者もまた情動・行動・認知に障害をうける。第二に基底核は広範で高く組織化された結合を、海馬と扁桃体ばかりか大脳皮質の事実上全体にも持っている。最後に、広範な運動・非運動行動が、実験動物において個々の基底核ニューロンと相関があり、人のイメージング研究では基底核の代謝活動との相関がある。

基底核は、視床と大脳皮質をつなぐ平行な回路の一群の主要な皮質か要素であるとと見られているようだ。これらの回路は構造的にも機能的にも大きく隔たっている。それぞれの回路は大脳皮質の特定の領域ではじまり、基底核と視床の異なる領域と結ばれる。骨格運動回路(skeletomotor circuit)は前中央運動領域(前頭皮質、補足運動野、運動野)、眼球運動回路(oculomotor circuit)はfrontal and supplementary eye field、前頭回路(prefrontal circuit)は背外側前頭皮質と側頭皮質か眼窩前頭皮質、辺縁回路(limbic circuit)は前帯状野と中眼窩前頭皮質で閉じる。(Fig.43-4)

新皮質のそれぞれの領域は、線条体の異なった領域へ投射し、高い位置特異性を持っている。連合野は被殻の尾側と吻側に投射していて、感覚運動野はほとんどの被殻の中心と尾側に、辺縁野は腹側線条体と嗅結節に投射している。

Fig.43-4 基底核ー視床皮質回路の前頭葉における標的
独立した基底核ー視床皮質回路の概念は価値のある解剖学的・病理学的枠組みで、基底核の機能不全による多様な運動障害だけでなく、何度も直面する基底核障害による神経学的・精神病理学的障害の理解も助ける。構造的収束性と機能的統合は5つの個別の基底核ー視床皮質回路の間でというよりも、その中で(within, rather than between)起こる。例えば、骨格運動回路は脚、腕、口腔顔面の運動のための分かれた体部位再現性の(somatotopic)経路とともに別の前中央運動野に中心を置く副回路をもっている。

これらのサブユニットのそれぞれ中に、運動処理の異なった側面を担う別個の経路さえあるかもしれない。シナプスを介して輸送される単純ヘルペス(herpes simplex)ウィルスの注入すると、一次運動皮質、補足運動野、外側前運動野の中へ逆行性に伝染し、淡蒼球内節の異なった集団をラベルする。(技術的なことはFig.5-9を見よ)順行方向に輸送されたウィルスは明確に区別できる被殻の領域をラベルされる。高い位置特異的な結合が線条体・淡蒼球間と淡蒼球・視床下核間で得られ、隣り合う回路の間に意味のある収束がありそうにはない。しかし、いくつかの解剖学的証拠があり、回路がある程度黒質網様部に収束していることを示している。

骨格運動回路は大脳皮質、基底核、視床の特定の部分と結びつく

運動障害は基底核の疾患では顕著なので、ここでは骨格運動回路に焦点をあてることにする。霊長類において骨格運動回路は前頭皮質の前中央運動野、後中央体性感覚野で始まり、広く被殻へ投射する。このように被殻は運動と運動に関係した感覚フィードバック情報の統合にとって重要な部位である。被殻は一次運動皮質と前運動野(弓状前運動野と補足運動野を含む)から位置特異的な投射を受けている。体性感覚野の3a, 1, 2, 5は重なり合いながら被殻の運動部分に投射している。それぞれの皮質野からの位置特異的に組織化された投射は、被殻の運動関連ニューロンの体性位相保存的な組織化を生む。脚は背外側領域で表現され、口腔顔面領域は腹中部領域、腕はそのふたつの間で表現される。(Fig.43-5)これらの表現のそれぞれは実質的に被殻のすべての尾吻軸にそって伸びている。近年の解剖学的・病理学的データが示すには、骨格運動回路はさらにいくつかの独立な部分回路に分けられ、それぞれは特定の前中央運動野に中心がある。

Fig.43-5 基底核ー視床運動回路の体部位保存的組織が、基底核と視床と一緒にサルの脳におけるこれらの正中と外側からの視点から描かれている
運動回路は”顔”の表現(青)、”腕”の表現(暗緑)、”脚”の表現(明緑)にわかれる。矢印は腕に関わる運動回路の部分の中の部分回路を示す。

被殻の出力核は淡蒼球の両方の尾腹側部のと黒質網様部の尾腹側部に位置特異的に投射している。淡蒼球内節の運動部分と黒質網様部は位置特異的に特定の視床核(腹外側核(pars oralis)、外腹側前核(pars parvocellularis and pars magnocellularis)の3つの腹側核を含む)と正中中心核に投射している。(Fig.18-4に視床核の組織図がある)そうして骨格運動回路は腹外側核と腹前側核(pars magnocellularis)から補足運動野への投射と、外側腹前核(pars parvocellularis)と腹外側核から前運動野へ野投射、腹外側核と正中中心核から前中央運動領域への投射によって回路が閉じられる。

単一細胞記録研究が運動回路の役割に関する直接の知見を与える

基底核の運動への寄与は、もっとも直接的には行動する霊長類の骨格運動回路内のニューロンの活動を調べることによって確かめられる。特に、主要な出力核である淡蒼球内節の活動だ。素早く刺激によって引き起こされた四肢の運動の開始に対して、まず皮質の運動回路の神経活動が先行し、その後にのみ基底核の活動は続く。この引き続いて起こる発火は、単方向の処理が基底核ー視床皮質回路内で起こっていることを示唆し、この回路内の多くの活動が皮質レベルではじまることを示唆している。

手首の屈曲あるいは伸張のような特定の運動行為指令の間、通常高頻度で起こっている淡蒼球内節の運動関連ニューロンの自発発火は大多数の細胞ではより高まるものの、いくつかは減少する。一時的な(phasic)発火の減少を示すニューロンは、腹外側視床を脱抑制し、それによって皮質で開始された運動の開閉、あるいは促進(興奮性の視床皮質結合を経由して)することによって決定的な役割を担っているのかもしれない。一時的な(phasic)発火の増加を見せるニューロンの一群は逆の効果を持っているか、さらには視床皮質ニューロンを抑制し、そうして拮抗的あるいは競合的な運動を抑制する効果を持っているかもしれない。

直接・間接経路からの運動関連信号が、どのように淡蒼球内節で統合されて基底核出力を制御するかということはほとんどわかっていない。もちろん、ひとつの可能性として、特定の随意運動と関連した信号は同じ一群の淡蒼球ニューロンへの両方の経路を通して指令を受けているというものがある。この配置においては、間接経路からの入力は運動の制動、あるいはひょっとしたら円滑化を助け、直接経路の方は自発的に運動を促進しているのかもしれない。この相反制御(reciprocal regulation)は、運動の大きさ(amplitude)と速度を計る(scaling)、という基底核の明白な役割と合致する。別の考えとして、特定の動きに関連した直接経路と間接経路の入力は別々の集団の基底核の出力核ニューロンに指示されているという可能性もある。この描像では、骨格運動回路は選択されたパターンを強化し(直接経路で)、可能な衝突するパターンを抑制する(間接経路で)することによって随意運動を調節するときに二重の役割を担うかも知れない。この二重の役割は結果として、様々な感覚系で述べられているような周囲抑制(inhibitory surround)と似た方法で、それぞれの随意運動を仲介する神経活動に焦点をあてる(focusing)ことになる。

骨格運動回路内の神経活動は様々な運動課題をサルにやらせることで調べられている。回路の全てのステージで(皮質、線条体、淡蒼球)、運動関連ニューロンの活動はかなりの割合で四肢運動の方向に依存して、筋活動のパターンとは独立である。これらの方向細胞は、補足運動野、運動皮質、被殻、そして淡蒼球における運動関連ニューロンの30~50%をしめる。これらのニューロンはすべて体部位再現的に配置されている。基底核ではなく、運動皮質において、たくさんの運動関連細胞が見つかっており、その発火は筋活動のパターンに依存している。訓練された霊長類においては、淡蒼球内節にある腕に関わるニューロンの活動も大きさと速度に明らかに関連している。行動訓練と単一細胞記録をあわせた研究が示すのは、骨格運動回路は運動の遂行だけでなくて準備にも関わっているということだ。前運動皮質、補足運動野、運動皮質を含む前中央運動領域では、発火頻度の著しい変化が、後に遂行される四肢の運動方向に特化したキューの提示のあとにいくらかのニューロンで起こる。これらの活動変化は運動を起こさせる刺激が提示されるまで続く。従って、それらのニューロンは運動制御の準備的側面のひとつとの神経相関を表現していて、「運動セット(motor set)」と呼ばれている。(Chap.38)

運動前の方向選択的活動は、被殻と淡蒼球内節でも起こる。その構造内の個々のニューロンは、準備的(set-related)か運動関連的な反応を示す。それは、運動の開始と遂行は骨格運動回路の別々の下位回路によって仲介されていることを示唆する。しかしながら、運動皮質から入力を受け取っているニューロンは一時的で運動関連的反応を呈する傾向にある。これらの異なった反応パターンは、運動骨格回路は異なった前中央運動領域(運動皮質、補足運動野、弓状前運動野)に接続する別々の下位回路からなるという考えを更に支持する。これらの下位回路には、運動制御においてそれぞれの役割があり、パーキンソン病やその他の基底核の疾患において起こるような特定の運動徴候や症状の病気の発生に対してもそうなのであろう。

眼球運動回路の研究が骨格運動回路がどう働くかに対する重要な知見を与えた

眼球運動回路はサッケード状眼球運動の制御に関わる。それは前頭と補足運動眼球領域に発し、尾状核の本体に投射する。さらに尾状核は直接経路と間接経路を通って黒質網様部の外側部分に投射し、そこから上丘に投射すると同時に前頭眼球領域に戻る投射をする。黒質網様部の持続的(tonic)活動の抑制は上丘の深層にある出力ニューロンを脱抑制する。上丘の活動はサッケードに関係している。網様部ニューロンの不活性化は対側への不随意サッケードを引き起こす。これらの観察が、骨格運動回路は一時的な運動の間の視床皮質ニューロンの脱抑制を同様にしており、従って意図した行動を促進しているだろうことに対する決定的証拠となる。

ある運動障害は基底核における直接経路と間接経路の不均衡によって起こる

基底核の主要な運動障害の背後にある機構の理解は大いに進展した。「運動低下障害(hypokinetic disorders)」(その内のパーキンソン病は最も知られた例である)は運動の開始が傷害されること(akinesia: 無動症)、と随意運動の大きさと速度が減少すること(bradykinesia: 動作緩慢)に特徴付けられる。それらは大抵、筋硬直(受動的置換に対する抵抗の増大)と振戦(tremor)を伴う。

「運動亢進障害(Hyperkinetic disorders)」(ハンチントン病や片側バリズムに代表される)は過剰な運動活動、不随意運動の徴候(dyskinesias: 運動障害)、筋張力の減少(hypotonia: 低緊張)に特徴付けられる。不随意運動はいくつかの形をとる。四肢のゆっくりしたもがき運動(athetosis: (四肢遠位部で起こる不随意運動)アテトーシス, アテトーゼ, 無定位運動症)。四肢と口腔顔面構造の発作的でランダムな動き(chorea: 舞踏病)。激烈で、大きな近位の四肢の動き(ballism: バリズム)。作動筋と拮抗筋の共収縮によるより持続的で異常な姿勢とゆっくりとした動き(dystonia: ジストニア、筋緊張異常)。様々な型の不随意運動がしばしば組み合わさって起こり、いくつかは共通の原因がその背後にあるのがわかる。もっとも良い例は舞踏病とバリズムの類似性で、単純に同じ障害の遠位の表現(舞踏病)か近位の表現(バリズム)かもしれない。

近年では、神経毒の体系的・局所的投与によって導かれた運動低下と運動亢進の両方の霊長類モデルの発達で、この多様な総体症状(symptomatology)の背後にある病態生理学的機構のいくつかを研究することが可能になった。運動障害スペクトラムの両極は、いまや基底核ー視床皮質運動回路の中にある特定の障害として説明できる。通常の運動行動は線条体から淡蒼球への直接経路と間接経路のバランスに決定的に依存している。最も簡単な言葉で言えば、間接経路の直接経路に対する過剰活動がパーキンソン病のような運動低下障害を引き起こし、過小活動が舞踏病とバリズムを生む。(Fig.43-6)

Fig.43-6 通常、パーキンソン病、片側バリズム、舞踏病の基底核ー視床皮質回路
抑制性の結合が灰色と黒の矢印で描かれている。興奮性はピンクと赤。黒質線条体ドーパミン経路の変性がパーキンソン病において二つの線条体淡蒼球投射における活動の差動的変化を生む。結合した矢印の暗さで変化が示されている。(黒いほど活動は高く、薄いほど低い。)基底核の視床への出力はパーキンソン病で増加し、バリズムと舞踏病で減少する。

間接経路の過剰活動はパーキンソン患者の症状における主要な要因である

パーキンソン病はJames Parkinsonによって1817年に最初に記述され、最も一般的な運動障害のひとつであり、それに関わる人は米国だけでも100万人に達している。もっとも研究され、理解されている運動障害のひとつでもある。Parkinson氏のこの病気の記述は患者の特徴的な姿勢と動きをよく捉えていていまでも通用する。

"... 不随意な震え、筋力の低下、動きの一部ではなく支えられているときでも体幹を前方に曲げて歩きから走るペースへと移る傾向があり、感覚と知性は損なわれない。"基本的な病気の症状は自発的運動の不足、無動症、動作緩慢、筋緊張の増加(硬直)、安静時の特徴的な振戦(4-5回/秒)を含む。屈曲する姿勢とバランスの欠如と同時に、乱れる歩調も顕著である。パーキンソン病の典型的患者の立ち居振る舞いは簡単に認識できて忘れがたい。振戦(震え)、能面づら、屈曲した姿勢、動きの欠乏と遅さ。

パーキンソン病は単一の神経伝達物質の欠乏から起こる脳障害の最初の例である。1950年代中頃にArvid Carlsonが脳のドーパミンの80%が基底核にあることを示した。続いて、Oleh Horynekiewiczはパーキンソン病患者の脳は線条体でドーパミンが欠乏しており、被殻で最も深刻であることをみつけた。1960年代初期にはパーキンソン病は広くは黒質緻密部のドーパミン作動性ニューロンの変性によって起こることが示された。Walter BrikmayerとHorynekiewiczは、ドーパミンの前駆体であるL-二水酸化フェニルアラニン(L-DOPA)を静脈に投与することで、短いが劇的な症状の逆転が起こることを見つけた。つづいてGeorge Cotziasによって示されたのが、L-DOPAの経口投与を徐々に増やしていくと有意で持続的な効果が得られることで、これにより現代の薬理治療がはじまった。新しく、より効き目のある抗パーキンソン病薬が開発されているが、たいてい5年後には薬理治療の効果は衰えはじめ、厄介な副作用が運動反応のゆらぎの形で発展し、薬は運動障害(dyskinesias)と関係している。

薬物中毒者がメペリジン(meperidine)の誘導体である1-メチル-4-フェニル-1,2,3,6-テトラヒドロピリジン(MPTP)に晒されると深刻なパーキンソン病様状態に発展する、というWilliam Langstonの発見でパーキンソン病の調査は近年再び盛んになった。この観察は、パーキンソン病の病理における外因性の毒の役割の猛烈な研究をよび、実験研究のための非ヒト霊長類動物モデルの発達へ導いた。主にMPTP投与の霊長類における研究の基盤から、パーキンソン病の病理生理学的作業モデルが開発された。このモデルに従って、黒質緻密部から線条体へのドーパミン作動性の入力が間接経路の活動増加へ導き、直接経路の活動減少へ導く。(Fig.43-6)二つの経路(それぞれD1、D2受容体を経由する)への異なるドーパミンの活動によるものだ。これらの変化の両方が淡蒼球内節の活動増加へ導き、それが視床皮質ニューロンと中脳被蓋ニューロンの抑制増加をもたらし、病気の運動低下的特徴を見せる。

MPTP投与のサルでの実験が、間接経路に沿った神経活動の有意な変化を示した。例えば微小電極記録研究は、淡蒼球外節の持続的活動は低下するが、視床下核と淡蒼球内節の増加を示した。淡蒼球の持続的発火の変化(と異常運動症状)は、ドーパミン受容体作動剤のapomorphineを体系的に投与することで逆転した。視床下核の間接経路における過剰な活動はパーキンソン病症状を作るのに重要な因子であるのだが、それがわかるのは、MPTP投与のサルで淡蒼球内節に対する過剰な興奮性駆動力である視床下核を切除すると、顕著にパーキンソン病症状が回復するからだ。MPTP投与のサルにおいて、視床下核か淡蒼球内節の感覚運動部分を選択的に不活性化すると、主要なパーキンソン病運動障害を十分に回復する。(Fig.43-7)進行した難治性のパーキンソン病患者に対して、淡蒼球内節の後部(感覚運動部分)を外科的に切除する手術(pallidotomy)もパーキンソン病症状を逆転させるのに高い効果がある。淡蒼球切除手術(Pallidotomy)は、薬理治療だけでは十分に症状を制御できず、薬が引き起こす運動の合併症を経験した(これについて後で議論する)病気の進行した患者に対する効果的な治療として、近年、復活を遂げている。

Fig.43-7 パーキンソン病の外科的処置の場所
視床下核(左)か淡蒼球内節(右)の切除は効果的にパーキンソン病症状と運動障害を減少させる。これは、それぞれ淡蒼球内節からの出力の異常と過剰をそれぞれ正常化あるいは除去したことによる。

このようにパーキンソン病の運動低下的特徴は淡蒼球内節からの(抑制性の)出力増加であらわれ、それは視床下核からの(興奮性の)駆動力増加によるものである。従って、無動症(akinesia)と動作緩慢(bradykinesia)はもはや基底各機能の喪失を反映した陰性症状と見ることはできず、むしろ、硬直や振戦(tremor)のような健全な構造における過剰で異常な活動の結果おこる陽性症状である。この異常運動活動は病理学的出力の減少か消滅によって逆転することができる。

MPTP投与サルの淡蒼球内節における持続的出力の増加に加えて、一時的な活動もまた変化する。これらの基底核出力の発火パターン変化は、発火頻度変化の重要さと同等に重要でありそうだ。実際、最近のデータが示すことに、振戦(tremor)は基底核の核内の発振性発火の同期の増大のためかもしれないということがある。時空間パターン変化と発火の変化によって、様々な運動亢進障害にみられる臨床的特徴の違いを説明できるかも知れない。

基底核のドーパミンのレベルはパーキンソン病の場合減少する

パーキンソン病患者における、線条体ドーパミンと基底核の個々の核の代謝活動の測定結果は病理生理学的モデルが提案するものと一致している。患者の被殻におけるドーパミンの取り込みは大幅に減少し、それは以前に直接生化学評価法で、より最近に前駆体18F-DOPAの取り込みを陽電子放射が多断層撮影法(PET)(Chap.19を見よ)で確かめられたものである。パーキンソン病患者の画像化で、患者がジョイスティックを動かしているときも静止しているときもシナプス活動が低下していること(対側の被殻、前帯状野、補足運動野、背外側前頭皮質の活性化された血流を測定)がわかった。ドーパミン作動剤の投与で、運動試験の間、補足運動野と前帯状野の血流が増加した。パーキンソン病患者の淡蒼球の外科的破壊で、同じ運動試験の間、補足運動野と前運動野の活動を回復することが示されていた。これらの神経画像化研究は、通常の運動と無動症(akinesia)・動作緩慢(bradykinesia)の生成において運動回路の淡蒼球視床皮質部分が重要であることを強力にさらに支持するのに役立つ。

間接経路の活動低下は運動亢進障害の主要な要因である

基底核障害患者の不随意運動は、これらの核の明らかな損傷か、神経伝達物質システムの不均衡から起こるようだ。パーキンソン症から離れると、神経病理学的な疑いが最も少ない基底核障害として片側バリズムがある。ヒトにおいては、視床下核に限られた損傷(大抵は小さな打撲による)は不随意な、しばしば激しい運きを対側の四肢に起こす。(投げる動きとの表層的な類似性から「バリズム(ballism)と呼ばれる」)近位の四肢の不随意運動に加えて、より遠位の四肢の不随意運動は不規則(舞踏病)かより持続的なもがきかたで起こる。

サルにおける視床下核の実験的損傷で、運動障害(dyskinesias)は損傷がその核に選択的につくられた時のみ起こり、淡蒼球内節から視床への隣接する投射はそのままである。より最近の研究では、選択的な損傷と微小電極記録、機能画像化の手法を組み合わせて、一般的なバリズムと運動亢進障害の病理生理学的知見が得られ低rう。淡蒼球内節の出力は片側バリズムにおいて減少し、これは視床下核からの投射が興奮性なら予想される。サルの視床下核の実験的損傷では、淡蒼球内節のニューロンの持続的発火が有意に低下し、これらのニューロンの四肢置換(limb replacement)に対する一時的な反応も減少する。このように、片側バリズムは淡蒼球内節からの持続的な(そしてひょっとしたら一時的な)出力の減少のために視床の脱抑制が起こり、その結果起こるのかもしれない。淡蒼球内節からの抑制性入力の減少は、視床皮質ニューロンが皮質か他の入力に対して過剰に反応することを許していまうのかもしれないし、これらのニューロンに自発的に発火する傾向を増大させることで不随意運動に導くのかもしれない。他の案としては、(頻度の低下それ自体というよりむしろ)発火パターンの変化が重要な役割を果たしているのかも知れない。この考えと一貫しているのが、淡蒼球除去手術(pallidotomy)がパーキンソン病症状と同時に片側バリズムとほかの運動障害を軽減することである。

ハンチントン病は遺伝する運動亢進障害である

他の運動亢進障害で基底核の機能障害ともっともよく結びついているのがハンチントン病である。この病気は男性と女性で同じ頻度で起こり、10万人に約5~10人である。5つの特徴がる。遺伝すること、舞踏病、行動的あるいは精神病的障害、認知機能障害(dimentia: 痴呆)、発病から15年か20年後の死。ほとんどの患者において、発症は30代から40代で起こる。多くの人が、病気の診断がされるときにすでに子供がいる。

ハンチントン病の遺伝子は同定されている

ハンチントン病は単一の遺伝子まで追跡された最初の複雑なヒトの障害のひとつで、遺伝子多型 をマッピングすることで同定された。(Box 3-3をみよ)この病気は高次に特徴的で(penetrant: (of a gene or group of genes) producing characteristic effects in the phenotypes of individuals possessing it.)、常染色体優位障害である。4番染色体に損傷がある。この遺伝子は、巨大なタンパク質であるハンチンチン(huntingtin)をエンコードしていて、タンパク質の機能は決定されている。(Chap.3)そのタンパク質は通常は細胞質にある。3章で見たように、遺伝子の最初のエクソンは三塩基配列: CAGの繰り返しパターンを持っている。CAGはアミノ酸のひとつグルタミンをエンコードする。普通の被験者は最初のエクソンに40以下のCAG繰り返し配列しかもっていないが、ハンチントン病患者は40以上持っている。70から100の繰り返し配列を持っている人は少年期(juveniles)にハンチントン病が進行する。一度40コピーを超えると、繰り返し配列は不安定になり、さらに成長するようになる。この減少は両親よりもその子供(offspring)の方が発症が早いという遺伝的「予想(anticipation)」を説明する。

何故最初のエクソンのCAG繰り返し配列が病気を生むのかを調べた研究では、変異ヒトハンチンチンタンパクから最初のエクソンをマウスで発現させて、進行性の神経学的表現型を引き起こすのに十分だということがわかった。このひとつのエクソンの発現はハンチンチンタンパク質が複数くっついたものが核に蓄積するのを導く。同様のハンチンチンタンパク質の蓄積がハンチントン病患者の脳細胞の核から見つかっている。

2個、75個、120個の繰り返しグルタミン残基を含むヒトハンチンチンタンパク質アミノ末端断片を発現することによって、ハンチントン病のショウジョウバエ(Dorosophila)モデルが発達した。ハエの複眼の光受容ニューロンにこの断片を発現することで、多グルタミン拡張ハンチンチンはヒトニューロンにおいてよりも大きな神経変性を引き起こした。発症の年齢と神経変性の重傷度は再び繰り返しの長さと相関し、ハンチンチンの核における局在も再び神経変性の前兆となった。

最後に、ハンチントン病の細胞モデルが、変異ハンチントン遺伝子を培養した線条体ニューロンに形質移入することで作られた。すると、その遺伝子がアポトーシス機構によって神経変性を引き起こした。これはハンチントンタンパク質が核でアポトーシスを引き起こすという考えと一致する。変異ハンチンチンの核局在をブロックすると核内包括体を形成してアポトーシスを誘導する能力を抑制する。しかし、アポトーシス細胞死は核内包括体の形成と相関しない。完全な長さのハンチンチンはめったに包括体を形成せず、核内包括体は変異ハンチンチンが誘起する死の原因にならない確率が高まる。事実、包括体形成を抑制した条件に形質転移した線条体ニューロンを晒すと、ハンチンチン誘起細胞死が増加する。これらの発見で、変異ハンチンチンは核内で神経変性を誘起するが、核内の包括体自体は、細胞死の機構を反映しているというよりはハンチンチンによって誘起される死に対抗して防御するために設計された防御機構を反映しているのかも知れないといえる。

ハンチントン病は脳のニューロンの広範囲な喪失に特徴付けられるが、最も初期には線条体に病理がみられる。ハンチントン病の舞踏病様の動きと片側バリズムの運動障害の動きの両方の背後に共通の機構があることがわかる。間接経路がはじまる線条体ニューロンが率先して失われる。結果として、淡蒼球外節のニューロンの抑制が減少し、そこのニューロンが過剰に発火し視床下核の抑制が起こる。視床下核の「機能的な」不活性化が生じることは舞踏病様の症状を説明する。病気の初期には、舞踏病様の症状は片側バリズムで見られる症状に似ている。進行したハンチントン病の硬直と無動症は、淡蒼球内節に投射している線条体ニューロンの喪失と関わっている。この喪失は淡蒼球内節に対する抑制を減じ、そこの発火は増大する。

薬に引き起こされた運動障害は舞踏病にとても似ていて、パーキンソン病のためのドーパミン置換治療の副作用である。この薬理学的に引き起こされた運動障害の病理生理学は、ハンチントン病の舞踏症状の病理生理学と部分的に似ている。淡蒼球外節に投射している線条体ニューロンの過剰なドーパミン作動性の抑制は、淡蒼球外節ニューロンの過活動をうむことで、淡蒼球外節ニューロンの抑制を減らし、視床下核の過剰に抑制する。視床下核の活動の減少は、外科的損傷によって視床下核を直接不活性化させた方法と同様に、淡蒼球内節からの出力を低くするだろう。この淡蒼球内節に対する減少した興奮性の駆動力は、直接経路の線条体ニューロンの過剰なドーパミン作動性の刺激と淡蒼球内節への結果として増加した入力と混ざるだろう。L-DOPAの投与は健常な個人でも治療段階初期のパーキンソン病患者でも運動障害を引き起こさないから、症状はおそらく受容体の発現上昇、過敏化、長期の薬物投与による遺伝子発現の変化によっておこる。L-DOPAの断続的な服用は薬物誘導運動障害の発生の重要な因子になることがわかる。

グルタミン酸が誘導する細胞死がハンチントン病に寄与している

グルタミン酸は中枢神経系において原則的に興奮性の伝達物質である。実質的にすべての中枢ニューロンを興奮させ、神経末端に高濃度で(10^-3M)存在する。通常のシナプス伝達において、細胞外グルタミン酸は一過性で増えるが、その増加はシナプス間隙に制限されている。対照的に、持続し拡散する細胞外のグルタミン酸はニューロンを殺す。この細胞死の機構は、主にN-メチル-D-アスパルテート(NMDA)型のグルタミン酸受容体における残留性の活動とその結果おこる過剰なCa2+の流入で起こる。(Chap.12)過剰なCa2+はいくつかの損害を与える成り行きをみせ、細胞障害性と死をもたらす。まずはじめに、過剰Ca2+はカルシウム依存性のプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)(calpains)を活性化させる。第二に、Ca2+がホスホリパーゼA2を活性化させ、それはアラキドン酸を遊離し、炎症と組織を破壊する遊離ラジカルを作る物質であるエイコサノイドの生産へと導く。

グルタミン酸による毒性の変化は「グルタミン酸興奮毒性」とよばれ、細胞の損傷と殴打や過剰な痙攣のような急性な脳損傷のあとの細胞死の原因になる。加えて、興奮毒性はハンチントン病のような脳の慢性的な(chronic)変性の病気に寄与しているかも知れない。NMDA作動剤をラットの線条体に注入すると、ハンチントン病の特徴である神経細胞喪失のパターンが再現された。このように、4番染色体の遺伝子の変化は、NMDA受容体の過剰な活動やグルタミン酸の放出に導く異常を生み出す。

基底核は認知、気分(mood)、非運動行動において役割をもっている

基底核のいくつかの回路は、行動の悲運動的側面に関わっている。これらの回路は皮質の前頭領域と辺縁領域に端を発し、線条体、淡蒼球、黒質の特定の領野と結びついている。

「背外側前頭回路」はブロードマンエリア9と10ではじまり、尾状核の頭へ投射し、その後直接と間接に淡蒼球内節の背中部と黒質網様部の吻側に投射する。これらの領域からの投射は腹側前視床核と中背側視床核で終端し、今度は背外側前頭野に投射を戻す。背外側回路はいわゆる"命令機能(executive functions)" だと広く考えられてきた。(Chap.19)これは、問題解決において行動的反応を組織化したり、言語能力を使ったりするような認知的課題を含んでいる。背外側前頭皮質か回路の皮質化部分の障害はこれらの認知機能と関係したさまざまな行動異常と関係している。

「外側眼窩前頭回路」は外側前頭皮質で始まり、腹中部尾状核に投射する。尾状核からの経路は背外側回路のそれにならい(淡蒼球内節と黒質網様部を通ってそれから視床へ)、眼窩前頭皮質に戻る。外側眼窩前頭皮質は共感的・社会的に適切な反応を媒介する重要な役割を担っていることがわかっている。この領野の損傷は、短気(irritability)、感情不安定(emotional lability)、社会的合図に反応することに失敗、共感(empathy)の欠如と関連している。眼窩前頭皮質と回路の障害と関係すると思われている神経精神障害は、強迫性障害(obsessive-compulsive disorder)である。

「前帯状回路」は前帯状回でおこり、腹側線条体に投射する。腹側線条体は海馬・扁桃体・嗅内皮質(entorhinal cortex)から"辺縁"入力も受けている。腹側線条体の投射は淡蒼球の腹側と吻側中部、それと吻背側黒質網様部に向かう。そこから視床の中背側核の傍中部に経路は続き、また前帯状皮質に戻っていく。前帯状回路は、動機付けられた行動(motivated behaviour)において重要な役割を持っていることがわかっており、腹側被蓋野と黒質緻密部を通る入力を介して基底核と皮質に散在する領域に強化刺激を送っているかもしれない。この入力は手続き学習(procedural learning)において主な役割を果たすだろう。(Chap.62)前帯状領域の両側への損傷は突出した運動開始欠損が特徴の無動性無言症を引き起こす。

一般的に、前頭前野皮質と皮質基底核ー視床皮質回路の機能不全に関連した障害は感覚や知覚よりむしろ運動に影響が出る。これらの障害は、両者を強烈な活動(衝動性 :impulsivity)か平坦化した活動(感情鈍麻 :apathy)のどちらかと結びつける。強迫性の行動は過剰活動の表れとして見ることができる。回路不全に関連した気分障害は躁病(mania)と鬱病(depression)の両極にまたがると考えられている。回路内の神経活動を調節するドーパミンとセロトニンの両方の生合成アミンは、鬱病において重要である。(Chap.61)

これらの観察から、複雑な行動傷害の背後にある神経機構はこの章で述べた運動回路の機能不全と類似性があるだろうとわかる。従って、統合失調症は"思考のパーキンソン病"ととらえることができるのではないか。このアナロジーから、統合失調症の症状は前頭前野回路の障害から起こったのであろう。他の認知的・情動的症状も同様に、振戦(tremor)や運動障害(dyskinesia)、硬直のような運動障害と等価かも知れない。

An Overall View

1949年にLinus Paulingは、「分子病」という言葉を発明し、医学的思考に革命を起こした。彼と共同研究者はヘモグロビンSの電気泳動の移動度が変化したことを観察し、遺伝的な病気として知られている鎌状赤血球貧血は特定のタンパク質のための遺伝子の変異によって説明することができることを見いだした。10年後、Vernon Ingramはこの荷電の変化は、ヘモグロビンSのアミノ酸配列で起こっていて、グルタミン酸残基がバリンに置換されていることを示した。この、通常のヘモグロビンにおける負電荷の残基から中性の電荷のものへの変化は、ヘモグロビンSの分子的性質の変化を説明し、さらに分子間の違いと鎌状赤血球に見られる障害のある細胞の積み重なりを説明する。このように、患者の病理や徴候、予後を理解するのに単一の分子変化は根本的である。

他の病気に対する説明はそこまで単純ではないかも知れないが、全ての障害は分子的な基盤を持つことは現代医学における根本的な原則である。パーキンソン病と重症筋無力症の研究は、化学シナプスの個々の要素が病気の特定の標的であることを最初に医学界に実感させた。重症筋無力症において、分子標的はアセチルコリン受容体である。基底核の障害においては、合成、包み込み、ドーパミンとセロトニンの代謝回転のいくつかの要素が変化する。これらの場所の病理学的変化の原因、遺伝的か感染か有害物質か変性か、いまだにわかっていない。我々はハンチントン病の変異遺伝子を同定してはいるが、自然型の遺伝子が生み出すタンパク質の機能についてはいまだにわかっていない。明らかなのは、伝達物質代謝の障害のための合理的な治療には、関係する経路におけるシナプス伝達をよく理解する必要があるということである。


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