フェムトセカンド過去ログ

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■2007/12/3 月曜日

流通しているものはどうせ流通させられるものでしかない

普段なら飲めないような高いお酒を飲みながら、新宿でお馴染の方々とお話した。いたのは、いつものお三方と、Bonnie Pink似の方、綿谷リサ似の方、そして今回初めてお会いする方だった。酔いも手伝ってずいぶん饒舌になっていたし、みなさんの発言は途切れることなく、話はだいぶ盛り上がった。そこで交わされた会話は「熱く」、久々に楽しかった。

自分の頭をフル回転させなければうまく表現できないことを言って、それを誰かが真剣に聞いて、さらに言い返してくれて、やはりそれにまた自分が答えてという応酬を繰り返す会話はなかなかできるものではない。そんな気分で会話をしていたのは自分だけかもしれないけれど、それは自分の知性を、いやもっと広く本質的なもので、全人格といったらいいのか、そのようなものを試されるような感じがする。試されるのはそれだけでとても息苦しいのだけど、それだけにその会話が機能している、という感触が得られるととても嬉しい。ドーパミンでる。

表現者はいいわけをしないというのは、わかっているつもりですよ
-そうかあ?野澤にそれがわかっているかどうかはあやしいな
--うーん、お前がそれを理解しているかどうかはわからないけど、それを非難するひとはいるんだよ
あれを非難するひとがいるんですか?だって1+1は2って言っているようなもんじゃないですか
-お前、それはちょっと違うんじゃないか。表現者っていうのはそこで2とか3とかいう答えをもってきて、なおかつ堂々としているっていうかさあ
あ、いやオレが言ったのはそういうことじゃなくて・・・

とかなんとか酔いの力も手伝って、シラフだったら萎縮して躊躇してしまいそうなことまで、バアバアよくしゃべった。それでも冷めた部分は頭のどこかに残っていて、きちんと緊張感を持って発言をしていたつもり。記憶は断片的でしかなくて、こうして言葉に残せるものはさらにごく一部だ。すべてを記憶していようとは思わないし、あるいは残滓から全てを再構成しようとも思わない。あの時間、あの場所で震えた空気の振動と行き交った光の配列と、ヒトと呼ばれる有機体の脳の中で生じた電気活動とそれに伴った主観的な意識体験がすべてであり、もはやきれいさっぱり跡形もない。「感触」だけがその消息を伝える。

昔はそれがひどくもったいなかった。こぼれ落ちてしまった記憶が惜しかった。その時の状態にon-lineで接続することはできないかと思っていた。そして、よしんばそれを流通させられたらと思った。流通というのはどこまでも私秘的な主観体験を、たとえばこの日記上に表現することで他の人に伝えるということ。でも、では果たして他の誰かが体験したことが流通して自分のところに流れてきたとして、それにどれぐらい切実になれるだろうか?と考えた。流れてきたものはあくまで生の感覚情報が中枢神経系で変換されてなんらかの伝達形態に出力されたものであり、主観体験それ自体でも生の感覚情報それ自体でもない。流通させられるのは出力されたものであり、そこからもとの感覚情報や主観体験を引き出すには逆問題を解かねばならない。そんなこと、はっきり言って無理だ。

と、まあ、ほんとにそんなことを思ったかどうか忘れたが、ともかく、自分がその場にいたその時間を取り戻そうとしてもしょうがないのだ、ということを勝手に悟った。そして、同様に自分がいられなかった場所と時間をなんとか他の手段で埋めようとしても、やっぱり空しいだけなのだということも認識するようになった。そうして、「いまここ」以外で起こっていることあるいは起こったことにそれほど執着しなくなった。その代わり、自分が大事にしているものに関してはより貪欲になった。だって「いまここ」で自分が体験することが大事なんだから。そういうことに気付くと、人生はより濃密になる気がする。「真剣に生きる」ということを実現するための鍵になることのひとつかもしれない。

「流通できるもの」は本当に限られている。あの時オレの身体が得た感覚情報は、テクノロジーが進歩すれば100%になんとか漸近していくかも知れない。でもきっと100%にはならないだろう。さらにそれによって生じた主観的体験は、もう絶望的に無理だ。

あの時飲んだワインの味を「流通」させられたらいいのに。最初に飲んだワインは白で、発泡していた。細く、美しい曲線のワイングラスに注がれていて、微細な泡が途切れることなく垂直に流れていた。口に含むと、想像以上にたくさんの泡が舌を刺激したので驚いたが、その感触に過剰さはなく、むしろ柔らかかった。泡がはじける感覚の次に香りが鼻腔を抜けるのがわかる。とても透き通った香りで、光が体の内部まで差し込んでいくような清涼さがあった。最後に、しっかりとしたミネラルを含んでいることを直感させる深い味と、控えめでそれが一層そのワインの上品さと奥ゆかしさを引き立てるはかなげな甘みがした。

二本目に飲んだワインは赤だった。ワイングラスを口に近づけただけで、うっとりする香りにおそわれた。まるで大輪の花の中に鼻を突きいれたかのような濃密さだった。香りの中に含まれているひとつひとつの要素がまったく判然とせず、複雑な香りのはずなのに、恐ろしく滑らかな印象を受けた。口に含むととてものびやかな甘さで、飲み込むのが惜しくなり、しばし舌の上を転がせて恍惚となった。

こんな風に書いてみても、結局「伝わらない」のだ。これを読んだひとが、発泡する白ワインを自分で探して、あるいはこの世のものとは思えないような芳醇な香りのする赤ワインを探して、それを飲んでくれることができたら、それは不完全だが、似たものは伝わるかもしれない。それは果たして伝わったというのか、よくわからない。

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This web site names フェムトセカンド / femto second = 10-15 秒 .
Author: 野澤真一 / Nozawa Shinichi
since 2006/4/1