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大岡山での英語の授業は今日が最後だったようだ。聞くところによると、試験もレポートもないが単位はとにかくもらえるらしい。単位をどうこういうのは自分の趣味ではないが、とりあえずほっとした。あと1個専攻外の授業をとれば単位は揃う。
今日やっとわかったことだが、この英語の授業はゆるーい感じでいいのだ。そんなに身構えなくても大丈夫だったんだ、と今更ながら感じた。まわりの人はオレより圧倒的に英語ができる。発音がびっくりするほど滑らかで、先生の言うこともちゃんと理解している。すっごく悔しい。先生が言っていることが時々さっぱりわからなくなる瞬間があって、呆然としてしまうときがある。ああいうのが聞けるようになったら学会とかももっと豊作なのだろうな。
カンデルの担当章を訳している。前よりは訳すのが苦ではない。一段落訳すごとに「ぶはっ」と息が切れたものだが、そんなでもない。しばらく訳すことに没頭していられるようになったのは進歩だと思う。この感じは水泳の息継ぎに似ている。腕を一回まわす時間さえ息を止めているのが苦しかった状態がすこし緩和されて、2,3回まわすまで耐えられるようになった感じ。
没頭できるというのはいいことだなと思う。没頭しているときは、時間がどれくらい経ったかとか、いまどれぐらい作業が完了したかとか、あとどれぐらい作業が残っていて逆算するとどれぐらいかかるかとか、今やっている作業に飽きて他のことがしたくなるとか、そういうことがない。そういう時はストレスを感じないものだ。以前は、1文訳すたびに、「やっと1行終わった」「もうやめたい」「あとどれぐらいあるのか」と常にストレスの連続で、苦しかった。
そうなった要因として、「英語メモリ」が増えたような感じがする。1文が5,6行にまたがる文はざらだが、そういう長い文は読んでるうちに文の前半の方を忘れたり、忘れたから前半に戻って読み直すと今度は後半を忘れたりして文の構造を掴むために何度も何度も何度も何度も往復しなければならなかったりする。だけど、英語の文を一時的に覚えている脳の領域が増えて、往復する回数が減った気がする。とすると、英語用のワーキングメモリが増設されたのだろうか、前頭葉あたりに?(とか雑なことをいってみる)往復する回数が減ると、文と文の間の関係を気遣う余裕もでてきて、結果として文意が掴みやすくなる。そうすると一文を理解するのも容易になる。そうしていい循環が起こる。うむ。
メモリといえばPowerBookのメモリ、増設しました。あまり性能アップした気はしません。無念。
そういえば、ハハに「お誕生日おめでとう」というのを忘れていた。遅ればせながら、おめでとうございます。
This web site names フェムトセカンド / femto second = 10-15 秒 .
Author: 野澤真一 / Nozawa Shinichi
since 2006/4/1